ここ数年、俺はネットで無視されている。Twitterをやめた頃辺りからだろうか。みんな俺のことを無視するようになった。大声で「俺はここにいるよ!」と叫んでも、みんな聞こえてないふりをする。
これは承認欲求というやつだろうか。そうだとしよう。俺は承認が欲しい。ところで、女子高生はなぜ援助交際をするのだろうか。あれは金が欲しいわけじゃない。承認が欲しいんだ。自分を見てほしいから体を売るのだ。そういう意味では俺と共通する。
女は体を売る。いわばセックスだ。であるなら男の俺はバイオレンスで自分を表現する必要がある。俺は暴力を振るうことに決めた。暴力の王道は校内暴力だ。俺は校内暴力を繰り返し、不良として恐れられることで女子からの人気を得ることにした。完璧な作戦だ。しかし問題がある。それは、俺が既に学生ではないことだ。
俺は大人だ。あっ、そういえば・・・。何か思い出してはいけないことを思い出しそうになっている。
はっ、そうだ。俺は学生時代、校内暴力を受ける側の人間だった。いつも不良に殴られていた。記憶に蓋をしていたのに、こんな記事書いてるせいで思い出してしまった。あのいじめっこ達だけは許せない。
俺はFacebookで奴ら、つまり俺を殴り蹴っていた奴らの名前で検索してみた。そしたら、いた。こいつら、既に結婚してやがる。とても楽しそうな写真をアップしている。リア充だ。
それに引き換え俺はなんだ。ヒゲはボーボーで職安に通い、スーパーで試食品を食べ満腹になり、帰りに公園で子供に混じってマジコンを遊ぶ。俺をいじめていた奴らが悠々自適な生活を送っているのに、俺は完全に負け組だ。
そもそも俺はあいつらと違ってネットに名前を出していない。あいつらはネットに名前を出しているから俺は奴らを発見できたわけだが、俺は匿名だ。
ゴミクズだから匿名なんだ。畜生、実名推進派が許せない。この自由なネット世界において、実名制度を広めようとする奴らが心底許せない。匿名である弱者の心を踏みにじりやがって。悔しくて仕方がない。
俺は匿名で活動している。Twitterをやめてからというもの、俺の主戦場ははてな匿名ダイアリーだ。名前というかハンドルネームすら完全に隠して、匿名ダイアリーで俺の嫌いな奴をボロクソに叩くんだ。もうeigokunという名前など最近使ってない。そして、そんなことばかりやってるからみんな俺の存在を忘れるんだ。俺をネットで無視するんだ。
なかなか部屋が片付かない人も多いと思う。片付けの基本は捨てることだ。僕は基本的に何でも捨ててしまうので問題ないのだが、世の中にはなかなか物が捨てられない人も多いはずだ。どれだけ頑張って捨てても、どうしても残ってしまう物がある。
そういう場合、プラスチックの収納ボックスを使う。ホームセンターで売ってるやつ。引き出しタイプの。大体800円ぐらいで買えると思う。それに物をとにかく入れる。ちなみに僕はそのボックスを14個持っている。そしてこれは重ねて使うのが一番便利だ。
ジャンルごとに分けるのが便利だ。このボックスにはケーブル類、このボックスには雑誌類、このボックスには文房具類と。そうすれば出すときにも簡単だ。
なぜボックスに入れる必要があるのかというと、まず景観の問題だ。あんまり部屋に物が散らかってると、見た目的によくない。もう一つは、埃の問題だ。そこら辺に物を置いておくと埃が付いてしまい残念な気分になるし掃除も大変だ。しかし収納ボックスに入れておけば、密閉されているので絶対に埃が入ってこない。なので掃除が超簡単だ。
まあとにかく、何か扱いに困る物があったら収納ボックスにポイっと入れてしまえばいいんだ。そうすれば問題が起きない。こうして僕の部屋は万年綺麗です。
僕はゼビウスにおけるバキュラというのは本当に素晴らしい発明だと思っている。なんでかというとつまり、やらなくてもいいことをやってしまうということだ。プレイヤーは、誰に頼まれた訳でもないのにバキュラを撃ってしまう。ゲームの進行とは関係なく、つい撃ってしまう。この行為に全てが詰まっている。
話は変わるが都会のカラスというのは、簡単に食糧を得ることができる。都会には人間の捨てた食糧がたくさんあるからだ。自然の世界ではカラスというのは食糧を得るのにとても苦労するし、それにはとても時間がかかる。なので一日の中で暇な時間などない。たぶん。
でも都会のカラスは、一瞬で食糧を得ることが出来る。なので一日の大半の時間が暇になる。暇だからこそ、遊びをする。食糧以外の目的の行動を取るようになる。そこに知性が生まれる。
僕らゼビウスのプレイヤーがついバキュラを撃ってしまうのも、いわば都会のカラスと同じ行為だ。もっと言うと、人間だってそうだ。人間も、それまで狩りをして生きていたのが農耕の開始により定住するようになり余暇時間が増え、それで文化やら文明が発達したというのがあると思う。たぶん。
つまり、バキュラというのは1983年の段階で、ゲーム表現においてそれぐらい重要なことをしていたんだ!!
日台合作。石原裕次郎が医者役なのだが、大仁田厚の議員姿のような馬鹿らしさを感じた。ヒロインの台湾人の片言の日本語がひどい。アンドロイドのよう。日本人のヒロインは麻生久美子みたいで可愛かった。
最後の方にアクションがあって、それが凄かった。実際の軍艦や航空機を使ってて、どうやってロケしたんだろうと思った。演習を撮影したんだろうか。ただし、それらのシーンを無理に入れたためにストーリーは無理矢理な感じに。
植木等のシリーズ。前半は戦後すぐの東京が舞台なのだが、やたらと映像が凝ってて面白かった。セットで当時の汚い東京を表現していて、実によかった。実際に戦後の空気感を知ってる人たちが作ってるからこそリアリティが生まれたんだろう。後半は普通。いつも通りのやつ。
いつも通りの若大将シリーズ。若大将の妹は相変わらず安定した可愛さ。
プロットはひどいけど、映像のクオリティは低くない。特撮(というかCG)も結構頑張ってる。ところで、なんでアメリカのB級SFの世界観ってみんなモータルコンバットみたいなやつなんだろう。
コンゴってコングっぽいしゴリラっぽいなと思ったら、本当にゴリラの映画だった。シナリオは結構よく出来てた。と思ったら、マイケル・クライトンが原作だった。演出のリアリティはあんまりない。特に銃器の描写はファンタジーだった。ゴリラの中には人が入っていたのだろうが、それは上手く撮れてたと思う。Wikipediaを見たらゴールデン・ラズベリー賞7部門にノミネートされていたらしいが、そこまでひどい作品だとは思わなかったな。良くもないけど。
幻魔大戦っぽい作画。時代を感じるが、質実剛健な作画で好み。ストーリーは戦国自衛隊っぽい感じ。尺が短いせいか、無理矢理つめこんでるようでストーリー性を感じなかった。作画は未来の回想シーンが好き。
10年ぐらい前に見たときもよく分かんなかったが、今回見てもよく分かんなかった。システムが理解しにくいというか、おそらくシステムを厳密に設定してないんだろうけど。ゲーム脳なので、そこんとこが気になる。システムというのは、トンネルに入ると他人の脳内に入れるというやつのこと。あと字幕が分かりにくいのかもしれん。ネイティブだったらすぐに理解できるのかも。
哲学的なストーリーだとは思った。あと何より、特撮的なことをほとんどしてないのに特撮的な映像になっているというのがコストパフォーマンスいいなと思った。特撮的というのは、ジョン・マルコヴィッチを撮影するだけで視聴者は「おお、こいつの中にあいつが入ってるんだ」という設定で見れるということ。
子供の頃にCMやってたけど見たことなかったので見てみた。うーん、なんていうか、ストーリーがひどい。あとアクション映画なのに見せ場がない。主演のチャーリー・シーンの顔が面白いぐらいしか長所のない映画だな。
と思って見ていたが、ラストのシーンは面白かった。チャーリー・シーンと敵が乗った赤いオープンカーが航空機から落ちて、地上数千メートルから落下する。車の中で敵をやっつけ、そしてチャーリー・シーンがトランクの鍵を開けて中からヒロインを救い出し、ヒロインを抱いて車から離れパラシュートを開く。車は落下し炎上、チャーリー・シーンとヒロインは無事着地。という引田天功ばりの大変素晴らしいシーンだった。撮影ではちゃんと車を上空から落としていたし、スタントマンが実際に車と一緒に落ちてたので、難易度の高い撮影だしスタントマンにお疲れ様と言いたい。
子供の頃にテレビでやってたのを断片的に見た記憶があって、今回初めてちゃんと見た。いやー、こんなによく出来た作品だとは知らなかった。完成度高い。ある意味完璧な作品といえる。ミニマルさもいい。核戦争が起きるんだけど、家の中で始まり家の中で終わるミニマルさ。吹替の雰囲気もよかった。
この作品を一言で言うと、非日常における日常だ。核戦争という究極の非日常の中で、主人公夫婦は日常を送る。そして、日常の淡々とした語り口だからこそ深刻なんだ。
絵的な完成度が高く絵本的な内容なので子供に見てほしい作品ではあるが、ただ子供に反戦を植え付ける的なことになるのはよくないと思う。ここらへん、戦争を扱ったアニメにおいて難しいところではあるが。
非常に退屈な内容で、ストーリーも特撮も全然存在しない感じだなーと思って見ていたが、ラスト30分ぐらいは特撮のオンパレードで結構楽しめた。やっぱり特撮って「どうやって撮ってるんだろう」と考えながら見ると楽しいですね。
あと本多猪四郎と円谷英二の、どっちの能力か分からないのだけど、全体の画を撮ってその中で人間が小さく表示されているのがとても上手い。なんともいえない緊迫感が出る。これは他の東宝特撮でもあるんだけど、他の作品が本多猪四郎だったかどうか覚えてない。
最初の方は退屈だけど、50年代の映像をカラーで見れるのでそこが楽しいかな。ほんとみんな見た目が貧乏くさい。
この手の作品は、やっぱりリアルタイムで劇場で見ると非常にリアリティがあるのだろうなと思う。今テレビで見てもねえ。
原田芳雄の主演作。ストーリーは、あってないようなものだし、映像的にも特に面白みがなかった。藤田敏八はもっと面白い映像を撮る人なのに。一番面白いのは桃井かおりがオッパイ丸出しなこと。しかも、映画の間中ずっとオッパイ丸出しなの。特に必然性もないのに。それが面白かった。
途中までは「退屈だなー」と思ってみていたが、後半から特撮およびアクションの描写になっていく。いやー、なんていうか、画の見せ方が完璧。しかもこの作品の前にお手本となる作品が存在しない状態なのに、よくもこんなに完璧に作れたなと思う。こんなのリアルタイムで見たら影響受けない訳がない。
プロットもよく出来てた。
古代ギリシアのスパルタ軍の話。映像はアニメーション的というか、全てのカットが絵のような感じになっている。押井守のアヴァロンにちょっと似てるかな。あとテレビゲーム的でもある。そのままXbox 360のゲームに出来そうな感じ。
ストーリーは、あってないようなもの。ビジュアルは一見の価値あり。
原田芳雄と和田アキ子の主演作。ストーリー的にも映像的にもそれなりに楽しめた。和田アキ子は暴力的な人間というよりは常識的な人間として描かれ、あまり活躍しない。完全に原田芳雄の存在感で持たせてる映画。原田芳雄はシリアスとコメディを同時に行うのだなあと思った。と思ってたら、ラストで和田アキ子が棒を振り回し店を破壊した。とはいえ、それほどアクションしてる訳でもなく和田アキ子イコール暴力という図式で見ている現代の我々にとっては若干消化不良な感じ。
やたらと可愛い女の子が出てるなと思ったら、なんと片平なぎさだった。なぎさショック!ホリプロが製作に関わっている作品で(なので和田アキ子が出ている)、バーター的な出演なのだろうか。チョイ役だった。
ずっとマイケル・ベイの映画だと思って見てたんだけど、ローランド・エメリッヒだった。映像は素晴らしい。ただ、ストーリーはめちゃくちゃ。だが、そこがいい。ストーリーがめちゃくちゃだからこそ、あの途方もない映像に説得力が出る。ストーリーは、特にコンピュータウイルスを宇宙人の母艦にセットするのとかひどかったし、エリア51で宇宙人を保管してたのもひどかったし、地上から宇宙船にミサイル撃てばいいのにわざわざ戦闘機からミサイル撃ってたけど、そんなことはどうでもいい。映像が面白いんだから。
敵の戦闘機群と米軍の戦闘機群の空中戦は、非常にスター・ウォーズ的な映像だった。特にラストの脱出劇はデス・スターっぽい。
映像はモノクロで見づらい。そのせいで、登場人物の顔と名前が全然分からなかった。1962年のアメリカ作品でモノクロっていうのは、どういう意図があったんだろうか。マジ意味不明。
内容は、よくある戦争映画で普通。当時としては新しい試みがあったのかもしれないが、現代人の僕には知る由もなし。
子供向け映画。この頃の鈴木杏は可愛いなーと思った。作品中の子供の生意気さとか喋り方が妙にリアル。インターネットに接続したいけどPS2なら出来るかも、みたいな話はとても時代を感じる。そしてようやく香取慎吾の持ってるパソコンでインターネット接続するのだが、そのパソコンというのがIBMの縦置きのスリムタイプのやつで、青と白のカラーリングのやつ。当時これあったなーと思った。もう2000年というのは、それぐらい懐かしい記憶なんだな。もう12年も経つし。なんともいえん。
インテリ役の香取慎吾は意外と違和感なかった。この映画は子供向けではあるものの、大人が見ても結構手を抜いてないというか、子供だましのことはあまりしていない。企画上、あまりにも安易なSF設定というのはあるものの、日常風景の描写はちゃんとしている。映像的にも画の作り方が上手かったと思う。
ホラー映画なんだけど、あんまり怖くなかった。というかストーリーひどい。あまりにも簡単すぎるプロット。しかし演出が非常に上手い。演出の上手さで、なんとか見れる作品になってる感じ。
主演も竹中直人。見る前は不安だったのだが、見てみたらちゃんとつげ義春の世界だった。画の作り方というか、構図がとにかく完璧。全ての構図に意味がある。キャスティングも完璧。いい味出してる不細工な人が散りばめられている。正直、今まで竹中直人を軽んじてました。
スカパーのファミリー劇場でやってたので見た。
最初の方は、正直言ってつまんなかった。地味だし下らないドンパチが多いし。しかし中盤あたりから徐々に話に引き込まれていった感じがする。各キャラクターの身の上話とか、ガミラス側にも地球を攻撃する正当な理由があるとかも分かったし。そして最終回に向けての数回に渡っての畳み掛けも見事だった。最後の方は普通によく出来てると思った。
この作品、面白い回とつまらない回に分かれるかな~。そこら辺、いびつかも。全体的に作品が統率できてないようにも感じた。統率を感じたのは最終回に至る数回ぐらい。
最終回まで見て、名作といわれる所以が一応は分かったかも。とは言え、自分的にはハマれる作品ではなかった。たぶんリアルタイムで見てたらハマってたと思うし、今までにない作品だと感じたに違いない。でもガンダムを経験すると、どうしてもヤマトは古臭く地味に感じました。と言っても本放送から40年近く経つので、そもそも今初めて見た奴がそこまで面白がれる方がおかしいのかもしれないけど。
スカパーでちょうど続編のヤマト2が放送されてるんだけど、続編は見なくてもいいやという結論に達しました。
秋葉原で降りて歩いて行ったんだけど、秋葉原からは結構歩かなきゃいけなくて疲れた。銀座線の末広町駅からならすぐなので、みなさん秋葉原じゃなくて末広町駅で降りた方がいいと思います。
会場のArts Chiyodaはちょっと分かりにくいところにある(公園内に入り口がある)ので、事前にGoogle Mapsで調べた方がよさそう。僕は場所が分からず彷徨いました。
僕は前売りチケットを購入していなかったのだが、当日券が買えた。ただ、一応前売りチケットをローソンで買っといた方が安全なように感じた。平日の昼間だったが、ガラガラという訳ではなく結構人がいた。
基本的に展示会場は三つに分かれていて、一つ目はAKIRAの原稿以外の他の作品の原画のゾーン、二つ目はAKIRAの原稿の原画のゾーン。これが一番スペースが大きい。三つ目は金田のバイクと童夢の窪んだ壁の再現の置いてあるゾーン。
一つ目から順に。最初の部屋は、大友克洋の短編漫画とかの原画が、ちょっとずつ置かれている。一つの作品を丸ごとという訳ではなく、数ページずつって感じかな。あとカラーの一枚絵が多数。
入り口付近の見やすい場所に、童夢の面白いページがたくさん展示されている。ちなみに童夢はAKIRAのように全ページが展示されている訳ではなく、面白いページだけピンポイントで展示されている。
驚いたのは、童夢の原稿の小ささだ。いや、別に特別小さい訳ではなく、普通の漫画と同じ程度の原稿サイズ。しかし僕は、あれだけ緻密な絵なのだから、さぞや大きい原稿なのだろうと思っていた。しかし実際には、B4のケント紙に普通のサイズで描かれている。大友克洋の漫画にはタチキリ(はみ出るコマのこと)がない分、下手すりゃ普通の漫画家の漫画より描くスペースは狭い。それなのに、あんな緻密な絵を描いている。もちろん丸ペンを使っているというのもあるが、丸ペン使ったぐらいでそんな芸当が出来るのは大友克洋ぐらいだろう。
童夢の原画で目を引くのは、まず、団地が血だらけになってるシーン。これは単行本ではモノクロ印刷されているものの、スクリーントーンではないようなので雑誌掲載時にはカラーであることは予想できた。それが実際にカラーで見れるというのが楽しい。血が赤かった。あと爺さんの顔のアップの見開き。これは、顔のシワを原画で見れるというのが楽しい。童夢はもちろん120ページの見開き(団地の上空でエッちゃんと爺さんが飛んでいるのを逆さに表示したもの)も展示されていたが、エッちゃんの小さいこと小さいこと。こんなに小さく描くんだと思った。印刷されてると、その小ささがいまいち実感しにくい。あと僕が童夢で一番好きなのは104ページなのだが、これも展示されていた。でもちょっと上の方に展示されてて見づらかった。
童夢に関しては、展示されているページ数が少なく感じた。もっと面白いページたくさんあるのに。でも記憶違いがあるかもしれない。まあとにかく、展示会場のスペースの問題もあるから童夢を全ページというのは難しいだろうけど。
あと短篇では「犯す」のトビラ絵。短篇集のショートピースの表紙にもなってるやつ。これも原画だとシワが細かく見れて楽しい。
ところで僕は大友克洋のカラー絵というのにあまり興味がなくて、どう考えても白黒の漫画の絵の方が技術的に面白いと思っていた。しかし実際に原画で見てみると、カラーの絵はすごい。よくアナログでこんなに緻密に色塗れるな~と思った。カラーの絵の魅力は印刷だと分かりにくいかな。
AKIRAの原画は、先ほど述べた童夢と同じ程度の原稿サイズだったと思う。だから多分、B5版のAKIRAとそんなにサイズ違わないっていうか、せいぜい1.3倍程度だろう。そんな小さなサイズでよくもまあ、あんなものが描けるなと思う。ちなみにAKIRAのコミックスの表紙のカラーの一枚絵は、原画のサイズが大きい。漫画の方の絵とは印刷時の縮尺が違うはず。たぶん。間違ってるかも。
AKIRAは全ページ展示されているので、順に見ていく感じなんだけど、ずっと大友克洋の絵を見てると、だんだん慣れてくる。そして、これだけデッサンが完璧なのが当たり前に思えてくる。AKIRAの原画を見てても、比較的簡単そうなページ(ビルやメカニックが出てこないページ)を見て「この程度なら大友さんなら一日6枚ぐらいは描けるだろ」とか失礼なことを考えてしまった。いや、我々一般人はもちろんのこと、プロの漫画家でも逆立ちしても描けないようなページなんだけどね。
あとたまにベタ塗りの上にスクリーントーンが貼ってあるところがあって、ベタ塗りの上でスクリーントーンがカッターナイフで切られてたりもする。ベタ塗りの上のスクリーントーンというのはテカって目立つので、そういうのを発見すると、なんか得したような気分になった。あの完璧なAKIRAの原稿も、印刷前はスクリーントーンがちょっと汚いんだなと。
あと5巻222ページの見開き(満月に鉄雄が浮いてるシーン)は、鉄雄が他の紙に描かれていて、それをカッターナイフで切って貼ってあった。これは原画じゃないと分からない。あと3巻の239ページの下のコマ(アキラの顔のアップ)は他の紙が貼ってあった。たぶん他で描いたやつをコピー機で拡大したんだと思う。
ところで、ずっとAKIRAの原稿を見てると、デッサンよりも「スクリーントーン貼るの面倒くさそう~」というのが気になってしまった。「そこじゃないだろ」と自分で思いつつ。デッサンこそが凄いのに。
ところで今回展示を見て思ったのだが、展示だと実は漫画の原稿の凄さって分かりにくいんじゃないかな。漫画って、本の状態で連続してページを見てその世界に入り込むというのがあると思うけど、展示だと一枚一枚の絵を群として見る形になる。それだと、技術的な凄さが分かりにくいというか。実際にはストーリーやキャラクターや舞台となる空間の制約を受けていて、その制約の中で完璧な絵を描くからすごいというのがあるんだと思うけど、展示だとそれがカラーの一枚絵に負けちゃう部分もあるなと。技術的には、少なくともデッサン的にはカラーの一枚絵の方が簡単なはずなんだけど。あと僕があまりAKIRAのページの内容を覚えてなかったからそういう事態になったというのもあると思う。復習してから行けばよかったと後悔。
展示を全部見るのは一時間程度で終わった。まあこれは混み具合によるかな。休日だと混んでるからもっと掛かりそう。なるべく平日に行った方がいいと思う。
チケットがどの日に売り切れてるかは、このページで見れる。